棒にあたるらしいが、僕は自転車通勤すると、小金を拾う、ことになってるらしい。平和島からの帰り道、泉岳寺で100円発見。ここは昨日の東京マラソンのコースだったわけで、およそ3万人のランナーと沿道の応援の人たちも気づかなかった100円、か。傷みが少ないところを見ると今日落とした100円か。どっちにしろこんなところに自転車をわざわざ停めてお金を拾うのは僕ぐらいってことなのか。神宮前3丁目ではイタイケナ1円を追加。
こうして街中を久しぶりに走ってみると、あらためてひどい運転の車の多いことに呆れる。昼間の品川では、メールに夢中なボルボのオバちゃんが、信号待ちの前の車が5・6台いなくなっても気がつかずにポツーンと取り残されてるし、夜の青梅街道では、スポーツ新聞をハンドルの上に広げて前を見てない石材屋のトラックがヨタヨタ走ってるし。どうにかできないものだろうか、まったく。何かあっても巻き添えだけは勘弁して欲しいものだ。まあ、ひどいのは自動車だけではなく、自転車の信号無視、逆走は日常茶飯事。歩いてる人も、メールに没頭して前を見てないのはどうしたものかと思う。赤ん坊を胸に抱いたままメール見ながら歩いてる若い母親もいたし。昨日のマラソンをラストランで引退した40歳の有森裕子が、今朝のインタビューで「年をとったなあと感じることは?」という質問に「説教することが増えたこと」と答えていたが、痛く同感してしまった。僕のバヤイ、説教したくなる相手も特に若い相手だけじゃなく、年寄りにも説教したくなるのは、おかしいですか?。だって、歩いていても、スーパーのレジに並んでても、ひどい年寄りはたくさんいるし。
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