一カ月余り前から、体調がすぐれないようすではあったが、単なる夏バテとあかちゃんがえり気味の我儘だと頭からきめつけていた長男。食欲が減退し、8月に入り、やけに痩せてきて、9日の5歳の誕生日のケーキも、それほど食べない。痩せるにつれて、お腹が妙に張ってきて、栄養失調ではないかと心配になり、精神的なことも含め、新座市の保険師に来てもらって様子を見てもらうと、心の問題ももちろんだが、体の様子が良くないと、とうとう医者に見せたのが17日。小平の昭和病院で、すぐに内臓疾患の疑いと言うことで、検査。肝臓に腫瘍が見られるということで、急遽、所沢の防衛大学病院へ。由紀からの連絡をうけて、手持ちのしごとを引き継いで、17時過ぎに栗原へ帰宅。言われていたタオルやパジャマなど入院準備のものをカバンに詰めて病院へ。18時過ぎに病院に到着。5か月ほど前には、航も自走で自転車で行ったことのある航空公園の向かい側だ。6階に上がり、今日一日付き添ってくれていた義妹と由紀、櫂の顔をみたあと、まず航の顔を見に病室へ。点滴をしながら、表情は不安げにおびえている。父親を見てすぐに受け入れられる状況でもなく、「ママ、ママ」と泣いている。どうしようもなくこちらも涙が出てきた。我が家では「ママ」と呼ぶことはなく「おかーさん」のはずなのだが、こういう状態になってからは、「ママ」の方が甘えやすいと思っているらしい。
しばらくして、二人で、医師の話を別室に案内されて聴くことに。
検査結果から出た数字が物語るのは、とにかく「小児がん」である。肝臓に腫瘍が見られ、また老廃物を処理しきれずに腎臓が肥大しているとのこと。今は、まずその溜まった老廃物を流して、危険な状態を回避すること。丁寧に話す主治医の様子が、目のまえでなんだか、芝居でもしているのではないかと思うほど、信じられない。どうなっているのか。たった一か月前まで、元気に自転車を乗り回していた航が、なぜ急にこんなことになってしまうのか。何もしてやれない無力感。しかし私がここで崩れるわけにはいかないと言い聞かせ、話を聞く。この先、月曜には、埼玉の小児がんセンターに転院。そこでさらに精密な分析をしたのちに、治療計画を立てるとのこと。小児がんは、大人のそれとは違い、完治する確率も非常に高いこと、このがんセンターは、日本でも有数のスタッフと設備がそろっていること。おそらくは半年から一年ほどの治療になるとのこと。治る、きっと治る。もとはしっかり体力のある航なのだ。
付き添いは母親ひとりしか認められないので、夜になって義母を乗せて迎えに来てくれた、義弟の車で帰宅。まだ一歳三カ月の櫂も、これをきっかけに断乳となる。父親の私一人で、一晩面倒見切れるかどうか心細かったところを義母が泊って行ってくれるという。本当に助かる。心強い。昼間の出来事は、一歳の櫂にどう伝わるものかわからないが、いつもと違う状況に、寝る時間が大きくずれ込んだうえに、母親とおっぱいの不在で、寝付かない。夜が長い。
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